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誕生日を直前に自分が「おじさん」と再認識したこと

 1月25日が誕生日です

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どうも、三日坊主飽男 (@myboomda)です。1月25日は私の誕生日です。

年齢を隠すつもりもないので、書きますが53歳になります。

 

1965年(昭和40年)生まれです。平成が既に30年を過ぎているので、平成生まれの人から見れば、別の世代になります。

 

改めて、自分の誕生日を前に、自分が「おじさん」だと再認識したことがあったのでご紹介します。

 

読んで共感する方は「こちら側(おじさんチーム)」になる要素が十分ですね!

 

 

タイトル

 

 

           お酒の好みが変わってきた

アルコールは好きです!10代に「コークハイ」で始まり、20代の頃はもぱっら「ビール」をメインに、ウイスキー(スコッチ)などのお酒を飲んでいました。

 

なんせ、中学生の頃、バレンタインデーに「サントリー リザーブ」をもらった男ですから。

 

20代後半から30代前半は、「ワイン」が好きで、食事をしながら、ワインを飲む回数が増えました。

 

30代・40代では、「焼酎」も飲むようになりました。

 

でも、「バーボン」と「日本酒」は、積極的には飲みませんでした。

 

しかし、50代になってから、飲み物の嗜好が変わってきて、今では「ホッピー」と「日本酒」を飲む量が増えてきました。

 

どちらも、自分が20代ころまでは「おじさん(中高年)が飲むお酒」といったイメージが強かったのですが、最近ではこの2つのお酒を飲むことの方は多くなってきました。

 

ホッピーは「プリンタイ」がなく、悪酔いもなく、次の日に影響がないので、体調面を気にせず、安心して飲めるお酒です。

 

このように、「翌日のこと」や「体調・健康面」を考えてお酒を選ぶようになったら、「おじさん」になったなぁと改めて思います。

 

今の時代は、健康面など気にするのは、若い方の方が多いかもしれません。しかし、私のような世代は「何かを考え」酒を選ぶのはやはり、「守りに入った飲み方」なので、若いころの体力・気力が失せているのだと思います。

 

           ひとり酒の飲み方が変わった

20代後半の頃は、海外への出張が多くありました。ひとりで行くことも多く、夜ふらっとホテルのバーへ行き、酒を飲むことが好きでした。

 

今、思うと、若いころの単なる「大人への憧れ」みたいな恰好いいと思ってやっていたことかもしれません。

 

ただし、もう1つ理由があり、ホテルのバーなら「安心して飲める」ということです。見知らぬ国で、ひとりで酒を飲むのは結構度胸がいることでした。

 

でも、年々経験を重ねると、適当に地元のパブ(居酒屋より)のような所へも平気でいけるようになりました。

 

 しかし、40代後半あたりから、やたら一人で「居酒屋」で飲むことが、誰にも気兼ねなく飲んびり、酒を楽しめるようになりました。

 

最近読んだ「ひとり飲み飯 肴かな」なんかが、まさに「同じようなことがしてみたい!」と共感できるようになりました。

 

この本の作者は「孤独のグルメ 【新装版】」で有名な久住昌之氏です。

たぶん、若いころにこの本を読んでも、きっとそれほど気になったりはしなかったと思います。

 

だって、「チャーハンと焼酎」の組み合わせで、酒が飲める!なんてことは、自分が20代の頃には考えもしないことです。

 

でも、50代の今なら「なんか旨そう!今度試してみよう!」ってなんの抵抗もなく、受け入れてしまう、そんな自分が「おじさん」になったなぁと改めて思います。

ひとり飲み飯 肴かな

ひとり飲み飯 肴かな

 

 この「ひとり飲み飯 肴かな」出てくるような飲み方は、若い人より、50代の前後の「おじさん」の方が、雰囲気はでると思います。

 

できれば、スーツでなく、普段着のお気楽な格好で、飲む姿が「おじさん」らしく、似合うと思います。

 

           お店探しが面倒になってきた

若いころ、20代・30代の頃は、「飲みに行く店」「食事する店」など、お店を探すことが、苦ではありませんでした。

 

もちろん、自分が独身で、誘う相手は女性だったので、「お店選び」にも気合が入りました(大げさかな?)。でも、それなりに真剣に探していました。

 

しかし、今は既婚者ですし、特に誘う相手が女性でも、下心があるわけでもなく、口説くつもりもないので、「相手任せにすること」が多くなりました。

 

誤解があるといけないので、書きますが、「下心なし」「口説きなし」だから、「店探しなし」ではありません。

 

もし、50代の私が仮に「下心あり」「口説きあり」でも、「店探しなし」には変わりがありません。

 

なぜなら、一言「面倒」だからです。

「口説かない相手」の場合、気兼ねなく、相手に「好きなお店」を選んでもらえる

「口説く相手(いたら)」の場合、「場所不問」だからです。

 

こんな考え方をするのは、若いころには思いもしませんでした。やはり、「おじさん化」するとこういうことが面倒になるものですね。

 

 

           60歳までが現実的になってきた

60歳定年で、考えた場合、あと残り7年です。年々、一年があっという間に過ぎている50代には、子供の頃の7年より、一瞬に感じてしまう7年だと思います。

 

「定年」って程遠いことと思っていたのに、とても現実的に考えるようになりました。

やはり、「定年」イコール「おじさん」って短絡的にイメージですが、自分もそういう年になってきたのが、避けられない事実と思うようになりました。

 

また、昨年父親が亡くなったことで、自分の死についても、考えるようになり、年を取った、「おじさん」になったとしみじみ思います。

 

           オジサンでも中途半端な「おじさん」だと思う

自分が子供の頃は、50代の方は、「おじさん」と認識していました。しかし、自分がその年になっても、気持ちはあまり20代の頃と変わらない部分もあるので、「おじさん」らしいオジサンではないような気がします。

 

「おじさん」とは、もっと「大人で落ち着いた雰囲気がある」と思い込んでいました。しかし、いざ、自分が「おじさん」の年になってみると、イメージとは違う、不完全なおじさんのような気がします。

 

 落ち着きもなく、そそっかしいところもあり、外見は「老化・加齢」による、「おじさん」らしさはあっても、中身は「まだまだ不十分」です。

 

でも、最近は考え方や行動が「おじさん」化してきています。

中途半端なオジサンでも、見た目のおじさんでも、行動のおじさんでも、現実は現実として受け入れ、年相応にでも、健康で楽しい日々を過ごしたいものです。

 

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